2008年5月17日 のアーカイブ

葬儀

2008年5月17日 土曜日

2008年5月14日、17時30分。
祖父が亡くなった。75歳だった。

このblogの大半の読者は私の祖父とは無関係ゆえ、本エントリーは非常につまらない記事となる。ただ、このページはページタイトル通り、私にとっての“チラシの裏”であることから、必要があれば、読み飛ばす・ブラウザを閉じるなどの対処を各位お願いしたい。

【5/14 22時】
会社から帰ったら、ケータイがちかちかしている(私は会社にケータイを持って行かない主義)。どうやらメールが着信している様子。
何だろうと思って、未読メールを確認してみると、母からのメールが2通連続で届いていた。
1通目は祖父の危篤を知らせるメール。2通目は、祖父の逝去を知らせるメールだった。

祖父は4月初旬に突然倒れ、余命3ヶ月の宣告を受けていた。4月中は親戚による見舞いであわただしかったようで、GWを避け、5月末くらいに見舞いに行こうと決めていた矢先の知らせだった。
昨年、会社の同期が亡くなったときに比べれば、覚悟はできていた分だけ驚きは少なかったが、「余命3ヶ月」の曖昧さを考慮できていなかった自分の甘さに後悔したことも確か。

【5/14 23時】
こういう事態は初めてだったもので、何をしていいものだかさっぱりわからなかったため、親からの次の連絡を待つ。
5/15は友引のために葬儀を執り行うことができず、16日に執り行うこととなった。

【5/16 8:20 集合】
5/15の出社にて有給休暇を申請し(忌引休暇もあったが、有給休暇を使った方が給料が減らない)、その翌朝。判断ミスから乗り継ぎの電車を逃し、集合時間に数分遅刻した。
それは計画通りだった様子で、準備に移ったところ、親に5人前程度のコンビニ飯(おにぎりとかサンドイッチとか)を渡され、
「朝飯食べたか?」
「もらうけど、みんなは?」
「食べた」
……食べた後にこれだけ残る……親の判断ミスもひどい。
親の言葉に甘えてサンドイッチを一袋だけ、飲み物とともに胃に詰め込む。

【5/16 9:00 出棺】
祖父の遺体を目の当たりにして、正月時点との差異に驚く。
葬儀屋の指示で、祖父の遺体に白い布や数珠などをつけていく。孫である私も、祖父の足に白い布を一枚つけたが、身体の冷たさと、足のふくれ方に尋常ならざるものを感じた。後ほど祖母に話を聞いたところ、闘病のときに体型が変化し、死亡後に冷凍庫(?)で保管されていたとのこと。理由は納得しても、死を間近で感じる異常さに変わりはない。

祖父の身体を棺に収め、花を添えたところで出棺。母と叔母が車を運転するとのことで、写真を私が持つこととなった。

【5/16 10:00 霊柩車】
乗り心地とエンジン音はタクシーのそれ。真横にある棺に使われる木の香りが良かったのが、なんとなく気に障る。棺の中に祖父が収まっていることを、自分の手で棺に収めたにもかかわらず、棺のそばにいるにもかかわらず、実感できなかった自分に、無駄に腹が立った。

【5/16 10:30 火葬】
火葬場にて、棺を所定の場所に置き、最後の別れ。ふたを開けると、祖父がそこにいたことに安心する半面、やつれた顔がやけに強調されていた。
その後、棺を釜に入れたところを確認し、線香を上げる。

【5/16 11:30 骨拾い】
骨拾いのために場所を移すと、先客がいる。どうやら、先客が場所を間違えたらしい。
ひやひやしながら部屋に入ると、骨は到着していない。他人に骨をさわられていた、ということはなかったらしく、胸をなで下ろす。
係員の指示に従い、骨をふたりで一本ずつ拾い、骨壺に収める。その後、係員が骨全部を骨壺に収め、骨拾いは終了。
骨と位牌と写真を持ち、帰宅する。

【5/16 12:00 帰宅】
祖父の居場所を確保し、本日のメインはここまで。
近くのそば屋で昼食の出前をとり、まったりモード時……に、生前祖父のいた部屋を覗かせてもらった。

……私を出迎えてくれたのは、未開封のiX5000。数年前にA3プリンタを一緒に見たとき、私が勧めたのがCanonだった。そのときも、「使う段になってから最新機種を買えばよい」とのアドバイスをした記憶がある。
部屋を見渡すと、古ぼけたワープロが一台、大切に置かれている。これも、十年近く前になるが、祖父と二人でアキバ探索して決めたワープロだった。祖父は非常によくこのワープロを使いこなし、ときどき変わった使い方を自慢していたこともあった。昨年もまだ動いていた様子で、祖父の生き甲斐を作るための大きな一助になっていたことは容易に想像できる。

iX5000の「Windows Vista Certified」ロゴと、それを接続しようとしていたPCのWindows95ロゴがひどく不釣り合いであった。それが死の直前まで、疎遠な孫である私のことを考えてくれていたことは、言葉を聞くまでもなく、部屋の様子が克明に物語っていた。

おじいちゃんへ。僕は、元気です。今まで、ありがとうございました。
天国に行っても、いつもどおりに人生を楽しんでください。