‘恋楯’ タグのついている投稿

3:「可愛い」は、女の子の特権じゃない ―― to be pretty is justice, even if the one is a boy or a girl

2008年4月22日 火曜日

 前章にて「『おとボク』が異性愛中心主義を助長するものでないこと」の証明は終わったように見えるが、私は前章の記述だけで、この議論を終わらせるつもりはない。前章の視点からは、別の作品世界、生物学/社会学的視点、という二つの視点が欠けている。本章では前者を、次章では後者の視点から考えてみたい。

 前章まで、マリみてが百合ではない、おとボクの瑞穂ちゃんに性別は関係ない、として、マリみてとおとボクにのみ焦点を当てて考察を行った。本章では、一度おとボクを離れ、最近ブームになりつつある「女装少年」について考えてみたい。
 二次元の世界では、そもそも性自認の存在そのものを疑う風潮が出てきている。その証拠に、2ちゃんねるなどのコミュニティでしばしば言われる言葉がある。

こんなに可愛い子が、女の子の筈がない!

この言葉が何を意味するのか、いくつかの実例をサンプリングして考えていく。
 なお、本章では物語の核心にふれる事柄やネタバレなどが多いため注意する。

3.1 女の子は知っている。可愛い男の娘の魅力を。
 女装した少年は、少年としてのシンプルな性格と少女としての愛らしさを備えることで、男女それぞれが持ちうる「かわいい」魅力を並立することが可能となる。
 このとき、女装者に対し、一般的な「オカマ」のイメージ(アニメや漫画などで、それなりに年齢の高い男性でありながら似合わない女装を行い、またヘテロセクシュアルである主人公を同性愛の対象とみなす一部キャラクター; 要は「空気の読めない」人間のたぐいであり、実は現実の異性装・ホモセクシュアル・GID等とは一線を画する)を当てはめてしまうと、可愛い・可愛くないの議論のテーブルにあがる前に先入観によって排除されることとなる。
 しかし、この保守的な先入観を取り払うことで公平な視点を確保することでキャラクターの存在について正しく議論することが可能となり、新しいキャラクターの魅力を発見することにつながる。
 なお、タイトルの「女の子」とは、保守的な先入観を取り払った存在を象徴的に指す。先入観を持つのは比較的男性に多く、女性に少ない傾向があるためである(言うまでもないが、すべての男性および女性に当てはまるわけではない)。

3.1.1 プリンセス・プリンセス ――河野亨、四方谷裕史郎、豊実琴
 主人公「河野亨」は、転校して早々、生徒会業務として女装させられる。この生徒会業務は「姫」と呼ばれ、一般の生徒にとっての崇拝の対象として設定されるものである。
 そして、「姫」の働き次第で生徒のモチベーションが変化し、それぞれの部活動が残す成績に大きな影響があることは周知の事実である、本作品の特徴はまさにこの点にある。そして、姫の功績はやりがいとなり、亨と同じ姫である四方谷裕史郎、豊実琴の二人との友情を育むきっかけともなる。
 理事会すらもがこの活動を承認しており、好意的なものとしてとらえている(アニメの場合。原作は未確認)ことも特徴的。
 本作品は女性向けとして製作されたものではあるが、アニメとなったことで男女を問わず知られることとなった。以降、内容についてはアニメ版について語る。

 本作品は、前述の「姫」システム、すなわち「選ばれた可愛い人間による女装」が学校の伝統として定着していることから、女装に対するネガティブなイメージがそもそも存在しえない点がスタートラインとなっている。姫としての業務を通じて、河野亨・四方谷裕史郎の友情を描く物語の中で、狂言回しの役割を担うのが豊実琴である。
 作品世界の中で唯一、女装に対するネガティブなイメージを振りかざす彼もまた姫のひとりであり、この特性ゆえ姫の業務を始めると、見た目、性格ともにルイズ・フランソワーズ(ゼロの使い魔)同然のツンデレ美少女ぶりを見せる(もちろん、本人は姫の業務を嫌っているだけである)。
 もちろん、亨・裕史郎の両名もそれぞれの「姫」としての魅力を存分に発揮し、生徒たちを魅了していることは言うまでもない。

3.1.2 ニコニコ動画 ――Vocaloid KAIKO
 さて、いきなりではあるが、これは作品ではない。
 ニコニコ動画はニワンゴの動画投稿サービスであり、VocaloidはYAMAHAの商標である。また、KAIKOはKAITOの故意の誤植であり、KAITOはクリプトン・フューチャー・メディアの発売する、男声ボーカル・コーラス用のDTMソフトである。要は、「初音ミク」の男声版であると理解していただければ差し支えない。
 初音ミク人気の爆発とともに、初音ミクのシリーズである「MEIKO」「KAITO」らが見直されつつある中、「鏡音リン&レン」の発売により、ニコニコ動画および周辺サイトでは、Vocaloidシリーズを兄弟とみる二次創作の作品が相次いだ。話題は少しそれるが、それぞれのソフトウェアの特徴として、MEIKOはシンガーソングライター・拝郷メイコ氏に由来する味のある高音を特徴とし、KAITOは歌手・風雅なおと氏の持つ表現の広さを特徴とする。初音ミクは声優・藤田咲氏のアニメ声と操作性の高さを、鏡音リン&レンは声優・下田麻美氏の歌に特徴的な演歌調・舌足らずな表現による幼さを特徴とする。(このあたりは異論も大いにあると思われるが、私個人の感想ということでご容赦いただきたい)
 この潮流の中で、低音に強いはずであるKAITOの高音の響きに注目しているユーザーが数名いた。そのうちの一人が、当時初音ミクの3Dに用いられていた「らぶデス2」を用いて、KAITOに如月千早(THE iDOLM@ASTER)のコスプレをさせ「青い鳥」を歌わせた動画が、KAITOの女装である「KAIKO」の火付け役となった。KAIKOの名称自体も、「解雇」とのダジャレとなっている(偶然にも、同時期に別のユーザーにより作成された、「みっくみくにしてあげる」の替え歌である「解雇解雇にしてあげる」が人気を呼んでいた)。
 それ以来、KAITOの高音を「KAIKO」とし、KAITOの女装と定義する風潮が定着した。
 また、これによりMEIKOの低音を「MEITO」として、MEIKOの男装とする視点が発生している(MEIKO特有の味のある低音、という特徴的な声がまた一興である)。MEIKOとKAITOの低音・高音を逆転させ、MEITO&KAIKOとする作品も発生し、今後が期待される。
 なお、初音ミク・鏡音リン&レンについては、このような現象は(ニコニコ動画の上で、ネタ以外では)発生していない。

3.2 男性の、男性による、男性のための「男の娘」
 エロゲーの業界において、女装少年という存在は昔から細々と存在していたが、おとボクで一挙に注目され、はぴねす!で急速に発展・定着した。前述した「保守的な先入観」さえ取り払ってしまえば、ヒロイン至上主義であり徹底的な萌えを至上命題とするエロゲーに男性キャラクターを採用することが容易となり、描くキャラクターの幅が広がることは言うまでもない。
 そして、先入観はすでに取り払われた。ここでは、「おとボク」後の例をいくつかあげてみたいと思う。

3.2.1 恋する乙女と守護の楯 ――山田妙子
 まず紹介するのは、AXLより発売されたゲーム「恋する乙女と守護の楯」である。本作品は、おとボクの初期コンセプトであった女装&女子校潜入ラブコメディとしての性格を強め、またマリみて色を消すことで、より男性向けに近い作品となっている。
 主人公「如月修史」は、女学園に通う要人の娘二人を、それと知られず可能な限り近い位置にて警護するため、女学生「山田妙子」に扮し、女学園に通うこととなる。
 本作品に於いては、主人公は女装をし、女性として振るまいながら、男性としての知覚と思考を保ち、警護の仕事をこなす必要がある。とくに終盤では、一瞬でも気を抜いた瞬間にヒロインが暗殺組織に殺されるため、主人公に感情移入すると、平和なパートでさえ、危険のにおいを探す胃の痛みを感じつづけることとなる。
 ただし、第三者視点で平和なパートを眺めると、主人公がいかに可愛らしい容姿をしているか、また、それにより、ヒロインたちにどれだけ愛されているか、という事実を見るのはたやすい。
 この事実はソフトウェア制作側も了解済みなのか、2008年2月に発売されたCDドラマでは、如月修史のCVに釘宮理恵をあてている。彼女の役回りが「ツンデレロリ」の代名詞であることは周知の事実と思う(有名作品に、「灼眼のシャナ」のシャナ、「ゼロの使い魔」のルイズ、「ハヤテのごとく!」のナギなど)が、修史であり妙子であるという難しい演技を「鋼の錬金術師」のアルに似た声質で見事に演じ切っている。

3.2.2 はぴねす! ――渡良瀬準
 続いて紹介するのは渡良瀬準。彼の存在は女装少年の地位を一挙に高め、女装という概念をサブカルチャーとして確立するに至った。
 うぃんどみるから発売されたこのゲームにて、渡良瀬準は、主人公の親友として登場する。にもかかわらず、4人のヒロインと2人の隠しヒロイン、2人のサブヒロインと比較して、圧倒的な人気を見せつけることとなった。
 簡単な証拠としては、mixiコミュニティへの参加人数(本稿の数字は2007年12月25日現在)を見ていただくと早い。作品のコミュニティとして、はぴねす(でらっくす含)1194人、はぴねす!りらっくす641人、アニメはぴねす318人。メインヒロインおよび隠しヒロインの人気は、春姫597人、杏璃837人、小雪281人、すもも358人、伊吹391人、沙耶135人となっている。
 これに対して、準コミュニティの参加人数は2075人と、群を抜いて多いと言わざるを得ない。
 また、これと呼応するかのように、2006年4月に行われたWindmill Festivalにおいては、15サークルすべてがはぴねす!を、うち12サークルが準を取り扱っている。この中で、準を主人公orヒロイン格とする作品を発表したサークルは7サークルに上る。
 これにとどまらず、準オンリーイベントが2007年3月、9月の2回開催され、ともに盛況に終わっている。メインヒロインですらないキャラでこれほどの待遇を受けたのは、With Youの伊藤乃絵美以来ではないだろうか(見落としがあったらごめんなさい)。

 参考まで、通常エロゲーにおいては、主人公を中心とする男性群は、主人公・ネタキャラ・ライバル、の三名であることが主である。もちろん、ゲームによってライバルやネタキャラの増減はあるものの、モブ(群衆)に属さない男性キャラクターはこのパターンに帰着されることが多い。通常のストーリーにおける「いじめられキャラ」は、エロゲーの文脈においてはたいてい主人公またはヒロインに属する。
 すなわち、渡良瀬準は、主人公のライバルキャラとしての文脈に属するが、この文脈からの行動が、オカマキャラ特有の強力な個性を発揮する。この個性とは、「主人公いじり」と「的確なアドバイス」である。
 ただし、ライバルキャラとして持ち合わせていたこの特性が、準のオカマキャラとしての特性と組み合わさることで、準には「お姉ちゃんキャラ」としての性格、すなわちヒロインとしての性質を持ってしまった。これは、はぴねす!体験版を公開した時点でうぃんどみるが認めた失策であり、これに対する回答は、ファンディスクにて準を正ヒロインとして昇格させるほかにはなかった。「はぴねす! りらっくす」に収録されている作品の一つ「ぱちねす!」において、主人公の小日向雄真は、すべてのヒロインに囲まれてうはうはな世界を経験したにも関わらず、ヒロインの誰一人も選ばずに準を選んだ。

3.3 反論:先進的な概念は共有されない ――はなマルッ!、PiaキャロG.O.
 さて、上記ばかり見ていると、可愛い女装少年について肯定的な見解ばかりととらえられるが、もちろんそんなことはない。当然、反発されるキャラクターも存在する。
 その反発が特に顕著であったのは、「はなマルッ!」のヒロイン桐嶋菫、および、「Piaキャロットへようこそ!!G.O. 〜グランド・オープン〜」のヒロイン姫川かずみの2名である。ともに性同一性障害を患う男性であるが、本人シナリオに入らない限り分からないため、プレイヤーの間では「気持ち悪い」「ダマされた」といった声が飛び交うこととなった。
 この2作品共通の問題として、作品紹介、あるいはゲーム序盤の共通部分にて、性同一性障害であることが示されないことが理由として言われている(該当作品をプレイしたことがありませんので、私が作品の評価を行うことは不可能です)。この理屈を適用すると、前項までに示した女装キャラはすべて、作品の序盤以前に男性であることが判明していることが分かる。
 ただし、性同一性障害は本人の心と体に関わる問題であり、序盤の共通ルートで明示するには重い問題である可能性も否定できない。この意味では、性同一性障害という深刻な問題を取り扱うほどには、エロゲー――あるいは、物語――というプラットフォームは進化していないのかもしれない。

3.4 まとめにかえて:バーチャライぜーション ―― 例題から見えるもの
 本章で示した女装少年が受け入れられる/受け入れられない、の議論の前に、一点考えてみるべきことがある。もし、彼らが普通の女の子で、性格も境遇も作品内の立場も同じだった場合に、果たしてどうなるか。
 もちろん、ありえない仮定にすぎるが、思考実験として考えてみるべき要素ではある。この思考実験における注意は、性格・境遇・立場を一切変更しない点にある。たとえば、姫川かずみを女性とした場合、単純な設定変更では性同一性障害による悩みが存在しなくなる、すなわち境遇や立場が大きく変わってしまう。この点を考慮しながら、性格・境遇・立場を可能な限り変更しないためのロジックを別に持ってくる必要がある(たとえば、逆の意味での性同一性障害で悩んでいる、など)。
 私が出した結論としては、瑞穂と妙子に恋愛要素およびそれに伴う“力”が消えるだけで、その他特に変わるところはないように思う。菫、かずみの両名についても、「メンヘル女うざい」(注:メンヘルとはメンタルヘルスの略で、心の病を来している人間を指す。この利用例の場合、それを転じて非常識な行動・言動を行う人間への蔑称として用いる)との感想を抱くに過ぎないと思われる――こちらは、ゲームをプレイしていないが故の推測に過ぎないが。

 この、やたらと難しい調整を必要とする思考実験で、要するに何が言いたいのか。
 この思考実験により、二次元のキャラクターにおける「実際の」性別を考慮してやる意味は、実はほとんどなく、重要なのは、「可愛い」「美しい」など、個人の持つ性質である、という点が明確化されるためである。もちろん、これらの性質を兼ね備える者の多くは女性ではあるものの、すべての女性が持つ性質ではなく、また一部の男性が持つ性質でもある。
 顔も性格もスタイルも最悪の女性と、少女と見まごうばかりの美しさと器量の良さを兼ね備える美少年。夢を見るために仮想化された世界の中で、わざわざ前者を選んでやる理由はどこにもない(もちろん、前者を選ぶ人がいても良い。好みは十人十色なのだ)。

恋できない乙女と仕事の楯

2007年9月22日 土曜日

恋する乙女と守護の楯
恋する乙女と守護の楯

Axl-Softの発売したゲーム「恋する乙女と守護の楯」、通称「恋楯」について、一点だけ腑に落ちないところがあった。

キャラも良い。
シナリオも良い。
シチュエーションも良い。
ネタも良い。
イラストも良い。
音楽も良い。
システムも良い。
なのに、なんでこの作品が好きになれなかったんだろう。

その答えを、やっと見つけることが出来た。

結論だけを先に書くと、恋楯はおとボクをさらにエロゲー側に寄せたタイプのゲームであることが分かった。
造りもしっかりしているので、「興味の問題で自分内評価は低いが、それでも他人には強くお勧めできる」ゲームとして評価を残せるものだ。
ただ、私にとってストライクゾーンからは外れていた、それだけの話である。

以下、上記結論に至った根拠を示すが、おとボク・恋楯のネタバレを中心に、いろいろと独善的な意見や言い回し等があるので注意。

(さらに…)